何不自由しない生活を送ってきたボンボンほど偏食が硬い気がします。今まで、付き合いがあった人で偏食もちは皆何不自由しない生活を送ってきた人経ちでした。産まれ落ちたその瞬間から、住まいにはお母さんがいて父さんは四六時中帰ってきてくれて、小学校くらいからおへそくりをもらえて、中大学生になれば普通に戦い期があって両親と口げんかをしたことの居残る人経ちだ。献立はみんなで召し上がるのが当たり前で、惣菜は4商品以上あって一汁三菜あたりまえという日々でそれ以外の日々はドラマか当の中のものだと思っているんです。そんな人たちってきっと食べたくないものがあって食べなくても生きていけたんだろうなあと思って羨ましく感じます。そんなぼくは、食べれる枠ならなんでも食べれる雑食好みだ。偏食もちの皆からは羨ましいっておっしゃるけれど、どうなんですかね。食べたくないものもあったけど、採り入れるものがそれしかないから食べざるをえなかったし、食べたくないって言ったら皿か包丁が飛んで現れるような住まいだったんです。物心ついて友達ができても、「他の人の住まいに行くと繁栄を覚えてくるから」と友達とは遊ばせて貰えなかったお子さん時期を届けるくらいなら偏食もちになった方がよほどハピネスだったと思います。もっとも、避難日々でもしなければならないなら生き延びるOK性が強いのはぼくでしょうけど。